蓼科高原別荘地

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蓼科高原別荘地へのアクセス
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あなたの歴史は、この場所から始まる。

八ヶ岳連峰最北端、別名『諏訪富士』と呼ばれる蓼科山の南西山麓、標高1,200m〜1,650mの傾斜地に広がる総開発面積約750万m2もの大規模別荘地『蓼科高原別荘地』。
八ヶ岳中信高原国定公園の大自然に抱かれたここは、古くから温泉保養地として親しまれてきました。また、高原の稜線を走るその優雅な曲線から名づけられた『ビーナスライン』が別荘地の中央を走り、敷地内には著名企業の保養施設や研修センター、芸術家や文人たちの別荘が数多く点在。本格的ゴルフコースを始め、テニスコート、温泉浴場、蓼科湖畔のレジャー施設など様々なスポーツ・レジャーを楽しむことができる、国内有数の高原リゾートとして広く知られています。
私共、アルピコグループ・東洋観光事業株式会社は、お客さまお一人お一人のリゾートライフが充実し、快適にお過ごしいただけるよう、勤めさせていただいております。

青空広がる蓼科高原

色鮮やかなレンゲツツジ


蓼科高原別荘地の歴史

『蓼科高原別荘地』の始まり

蓼科高原は、古くから湯治場として親しまれてきました。
古文書などの記録では、『渋ノ湯』は室町時代、『滝の湯』は戦国時代、『親湯』は江戸時代の創始と、それぞれ中世からの歴史を誇っています。また、大正から昭和初期にかけては、蓼科高原の清涼な空気、豊富な日照とオゾン、温泉と清水の湧出、乾燥性の気候が虚弱体質児の保健療法に効果があることが医学関係者により実証され、保養施設や医学関係者の別荘が建てられ始めました。これが『蓼科高原別荘地』の始まりです。
昭和27年には人口湖である蓼科湖が完成。これを機に蓼科高原の観光地化は一気に進み、温泉保養地としてだけでなく、高原リゾートとしての顔も併せ持つようになりました。


蓼科山


ヤナギラン


複合型滞在リゾートとしての蓼科高原

弊社は観光開発事業を目的として、昭和33年に創立され、蓼科高原別荘地に約250万m2の事業用地と約210万㎡の借地権を取得。別荘地の開発、販売のみならず、『蓼科高原カントリークラブ』、『もんがく平貸別荘』、『蓼科湖レジャーランド』、『蓼科エッソ(ガソリンスタンド)』、『湖南荘(ホテル)』等の運営により、複合型滞在リゾートとしての蓼科高原の発展に尽くして参りました。

蓼科湖

蓼科湖レジャーランド

蓼科カントリークラブ

蓼科高原温泉

効能豊かで豊富な出湯

弊社による温泉掘削は昭和36年から着手し、5年後の昭和41年には給湯を開始いたしました。その泉質は酸性低張性高温泉であり、効能は特に慢性皮膚病、虚弱児童、動脈硬化症、糖尿病、高血圧症、切傷、火傷に効くとされています。今日の蓼科高原別荘地は、自然公園法などに守られた大自然と、優れた気象環境、効能豊かで豊富な出湯により、映画監督小津安二郎をはじめとする様々な著名人、文化人も別荘をかまえ、軽井沢や箱根と肩を並べる国内でも有数のリゾート地として知られています。

泉質酸性‐含硫黄‐ナトリウム‐塩化物.硫酸塩温泉(酸性低張性高温泉)〔硫化水素型〕
泉温源泉 摂氏58.6℃
禁忌症皮膚粘膜の過敏な人、特に光線過敏症の人・急性疾患(特に熱のある場合)・活動性の結核・悪性腫瘍・重い心臓病・呼吸不全・腎不全・出血性疾患・高度の貧血・その他一般に病勢進行中の疾患・妊娠中(とくに初期と末期)
適応症 1)一般的適応症:神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・運動麻痺・関節のこわばり・打身・くじき・慢性消化器病・痔疾・冷え性・病後回復期・疲労回復・健康増進
2)特殊適応症:切傷・火傷・慢性皮膚病・虚弱児童・動脈硬化症糖尿病・高血圧症
飲用できません

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別荘地ノウハウ

別荘地内ライブカメラ

蓼科高原別荘地内を30分毎に撮影しています。