VOICE

#category2

猟・畑・伐採と山暮らしを別荘地で実践

川瀬さん

茅野市北山地区での罠猟、畑、伐採をしながら、蓼科高原別荘地に定住する川瀬さん。自然と親しみながら山小屋生活の理想のような暮らしを実践している。別荘地に移り住む前は東京の中学で理科の教員をしていた川瀬さんがどのような暮らしを実践しているのかを聞いた。
インタビューを受ける川瀬さん

ー別荘地ではどのように生活されているのでしょうか

川瀬さん:
1〜3月はスキーのインストラクターをしています。標高の高い蓼科高原別荘地には周囲にスキー場が多くあるので、一番楽しい季節ですね。4月になって暖かくなると、畑の準備を始めて、ゴールデンウィークごろから狩猟にも取り掛かります。猟(個体数調整及び有害捕獲)はだいたい7月まで行い、8月はお休みして、9月から11月の間にまた猟を開始します。

4月〜11月は吉田山の方にNPO「八ヶ岳森林文化の会」の活動として、間伐も行います。自分で玉切りをして、人にあげるほどの薪を調達しますよ。

ー自然と共に生活されているのですね。

川瀬さん:
かあちゃん(川瀬さん奥さま)からはここに住んでから「水を得た魚のよう」と言われるほどです。よほど生き生きしているように見えるようです。

55歳で現役を退いたのですが、最後の方は教員生活もストレスが多くなっていたこともあるのかもしれません。50歳ごろから将来は東京ではなく、自然が多いところで生活をしたいと考えていました。ここでの生活で、ストレスはないですね。

私の家はこの別荘地の中でも最も高い位置の1750メートルにあります。御嶽山や乗鞍岳などが一望でき、夕日はとても綺麗です。別荘地を購入する際は、那須など他の地域も見に行ったのですが、蓼科高原別荘地を選んだのは、5月の新緑の季節の景色に圧倒されたからです。本当に綺麗です。少し標高が高すぎたかな、と思うことは今でもありますが、ここでの生活に不満を感じたことはありません。

―畑や猟、伐採など多彩な生活ですが、どのようにスキルを身につけたのでしょうか。

川瀬さん:畑については、蓼科に住み始めてから、最初に学びました。八ヶ岳農業実践大学校で2週間ほどみっちり。実習から座学など、ここで基礎を身につけたことがよかったですね。畑は今まで何度か場所を変えていますが、今は標高1000メートルほどのところで借りて、毎年続けています。かあちゃんと二人で消費するには多すぎるので、人にあげることがほとんどです。今では人にあげることを楽しみにしているほどです。

猟を始めたのは、偶然行った講演会で「あなたも猟師になりませんか」と書かれたポスターを見たことがきっかけです。お隣のピラタスにも猟をされている方がいたので、その方からアドバイスを受けたりしました。今は茅野市北山地区の猟友会に所属しています。10人いるメンバーの中で別荘地に住んでいるのは私一人です。以前は80人ほどいたり、佐久市望月から猟にきていたりと、多くの人が猟をしていました。今では高齢化が進んで担い手も減少しています。

猟や畑といった暮らしを続けているうちに、人とのつながりで吉田山を管理するNPOに入ることになりました。NPOの内規として、長野県林業センターの研修を受けることを決めていたので、研修も受けました。実際のチェンソーの使い方などは現場で仲間から教えてもらい、今ではチェンソーアートをすることもあります。

―別荘地での暮らしはどちらかというと、人と関わらずにゆっくりと過ごすというイメージがあります。

川瀬さん:私は「人と関わらない」というイメージとは少し違うようです。こちらに来てからの方が知り合いは圧倒的に増えました。

けれど、よくいう田舎の「濃密な人間関係」で暮らしている訳ではありません。畑や猟、伐採で得たものを人にあげたりしながら、ほどほどの距離感を保っていることができていると思います。これは別荘地には自治会というものもないですし、市街地から離れているということも関係しているのかもしれません。

そのために、自然に関わりながら暮らすということがしやすいのでしょうね。

―自然に向き合いながら生活するには、別荘地というのはとてもいい環境なのですね。

川瀬さん:そうですね。猟や畑、伐採といった山の仕事をしているから、豊かな生活になっているのかもしれません。ここに暮らして本当に良かったと感じています。家から見える夕陽はとても綺麗で、まだまだここでの暮らしを続けていきたいですね。