VOICE

#category3

森の中で楽器を奏でる

Mさん

─蓼科にセカンドハウスを持とうと思ったのはなぜですか?

M:もともと別荘を建てる場所を探していたのは父親なんです。横浜で暮らしていましたが、父は退職後、別荘ライフを楽しもうと思ってあちこちの別荘地を探していたみたいで。それで最終候補に残ったのが北軽井沢とこの蓼科高原別荘地で、ちょうどここが募集開始した頃で、父が抽選に申し込んだんです。

─抽選だったんですね。

M:当時はバブルで別荘地が今より人気だったようです。それで幸い抽選に当たって手付金を払い、退職後に備えていたんですが。

─ではお父様のご意向だったと。

M:ええ、それから10年近く寝かしていたんじゃないですかね。ところが、父が徐々に筋力などが落ちていくALSという病気になってしまい、自分で建てるのは無理だけど、土地を手放すか家を建てるかどうするかと私と兄に聞くんです。当時の私はまだ社会人4年目でした。
 
─それで家を建てることにしたんですか?

M:4月に兄と別荘地を見に行きました。良い場所だったので、ALSは不治の病で、いずれ父が死ぬということは分かっていましたが、それまでの期間、療養のために家を建てて暮らしたら良いと提案しました。父の考えも変わり、翌年の1月には家が建っていました。それが今から30年ほど前です。

─その後、お父様はこちらに来られていたんですか?

M:冬以外には長く滞在していました。2年使って、3年目に亡くなりました。
─病状が進行してからもお父様はこちらに?

M:地元の病院がとても良くしてくれまして。看護師さんが週に一回来てくださったり。体が動かなくなってからは車イスをテラスに出して、ここからの景色を楽しんでいました。父の夢は60歳で定年退職して信州に別荘を持ち、海外旅行に行くことでした。不治の病にかかったことは不幸なことですが、亡くなる迄の終の棲家として好きな場所で過ごせたことは幸せなことだと思っています。若い頃からこのエリアを特に気に入っていたようなので。
 
─お父様は何が気に入ったとおっしゃっていましたか?

M:ここから見える景色ですかね。八ヶ岳と南アルプス、中央アルプスが見えます。あとは植生でしょうか。多くの別荘地は植林されたカラ松とかスギが多いですが、ここは自然のままの広葉樹が多くて。広葉樹だと秋には紅葉が本当に綺麗なんですよ。

─お父様からこの家を引き継いでからもよく来ているんですか?

M:兄と私が交互に使っている感じです。私は冬場は来ていませんが兄は来ていて、夏は切れ目がないくらい交互に使っています。というのは、私はもう夫が退職して、いつでも来られますし長くいられますから。兄は働いているので週末来るときは譲って、兄が来ていないときは私たちが来るという。

─こっちに来ているときは何を楽しんでいるんですか?

M:私は楽器が心置きなく弾けることが気に入っています。住んでいる名古屋のマンションでも弾けるんですが、蓼科で弾く方が気持ちいいですね。音楽友達を呼んでアンサンブルを楽しんだり、たまに先生をお呼びして合宿をしたり。ここに来たら友達みんな「涼しいし、最高!」といって喜んでくれます。
─たしかに自然が多いこういうところで楽器を弾くのは気持ち良さそうですね。

M:それ以外に、すぐ近くに蓼科山の登山口があり、ちょっとしたトレッキングに行ったり、霧ヶ峰まで行ったりしますね。夫は読書と散歩が趣味で、温泉のある「プール平」まで歩いて行ったりしています、2万歩くらい。こっちの夏は本当にいいですよ、名古屋は暑いですから(笑)。