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2022.12.23

#標高1700メートルで犬と遊ぶ - 穴澤賢さん連載エッセイ「犬のために山に家を」

穴澤賢の連載エッセイ「犬のために山に家を」(第2話)

 格安の山の家を手に入れたが、安いのには訳があった。外の階段が朽ち果てている、雨漏りする、薪ストーブなどの暖房器具がないので冬は使えないといったことの他、今ある荷物をすべてこちらで処分しなければならないという条件もあった。荷物といっても家具から冷蔵庫から布団や食器にいたるまで、そっくりそのまま結構な量がある。家具など使えるものはいいのだが、家電はどれも相当古いし、何年も放置されていたので廃棄するしかない。

 とにかく、まずは朽ち果てている外階段をなんとかしないと玄関から入れない。それは契約後すぐ地元の大工さんにお願いして、取り壊して新しい階段をつけてもらった。

 次は処分するものの搬出なのだが、それが初日のミッションだった。急いで搬出作業を終えて、夜には寝泊まり出来る状態にしなくてはいけない。そこで腰越を早朝に出発し、午前中に着いてすぐに妻と手分けして処分するものをひたすら外に運び出していく。家具や食器など使えそうなものを判別しつつの作業なので、時間がかかる。

 外に出した物にはひとまずブルーシートをかけておき、後日業者に引き取りに来てもらうことにした。とにかく室内を使えるようにしないといけないからだ。なんとか十五時頃にはあらかた荷物を出し終わると、次は大掃除。何年分もたまった汚れをせっせと綺麗にしていく。大吉と福助は慌ただしく動く私達に困惑していたが、急がなければ。なんとか夜までには使えるようにして、通販で頼んでおいた布団が届き、初日は終了。

 驚いたのは、このときは六月後半で平地では蒸し暑くなる時期だったが、驚くほど涼しく、夜には少し寒いくらいだった。標高が1400メートルになると、こんなに違うものなのかと実感した。大福が「何ここ?どうするの?」とちょっと困惑していたような顔をしていたのを覚えている。

 夢見ていた山の家を手に入れたが、そこからの何ヶ月かが大変だった。まず、前のオーナーはテラスなどの木材にペンキを塗っていたが、それがパリパリ剥がれた状態になっていた。それを削り取ってオイルステインという浸透性の保護剤を塗らないと、木材がどんどん傷んでしまう。数年間放置されていたといっても早く手を打っておいた方がいい。

 それから、生い茂っていた雑草をなんとかしないといけない。とはいっても大阪の下町育ちの私にはどうしていいのか分からない。そこで地元の人に聞いてみると、草刈り機を買ってきて自分でやればいいという。どこで買えるの? いくらくらいするの? 経験がなくても普通に使えるの? 本当にそんなレベルだった。そして、教えてもらった通りホームセンターに行き、店員さんに使い方を聞き、恐る恐るエンジンをかけて草刈りに挑んでみた。

 私はそういう屋外での作業を、妻は室内の掃除などを手分けして行ったが、とにかく時間が足りない。二人とも平日は仕事があるので、金曜の夜出発し、土曜の朝から日曜の午後までしか作業出来ない。だから、この年の七月、八月は毎週末山の家に通い、ひたすら働いた。それでも大福は、毎週末になると「また山に行く?」と目を輝かせていた。

 草刈り機も使えるようになったし、生い茂っていた雑草も上から見ると、一見綺麗になったように見える。しかし、実際にはまだまだで、茎が残りまくっていた。それでは肉球がチクチクするだろうし、すぐにまた生えてくる。一度、二度とどんどん短く刈っていったが、それでもまだ茎が残る。だからまた翌週になると、草刈りする。

 なぜこんなに躍起になっていたのかというと、ドッグランを作ろうと思っていたからだ。敷地は三〇〇坪ある。目の前の雑草を刈って綺麗にすれば、立派なプライベートドッグランが出来る。そんなものが出来たら、大福はどれだけ喜ぶだろうと思ったのだ。

 何週にも渡って作業すると、なんとか形になったので、次は周囲に柵を設置することにした。ただ、木の板を買ってきて柵を作ろうと計算すると、費用が相当かかる。しかも、木製なので傷みが早い。数年したらまた作り直さないといけない。それでは不経済だ。

 他にもアルミなど色々素材を探してみたが、どれも予算が合わなかったり、見た目がピンとこなかった。そこでもっと広く探してみると、「アニマルフェンス」というものを見つけた。それは害獣対策で、イノシシなどが入ってこないようにする金網らしい。しかも二〇メートルで数万円程度くらいなのでリーズナブル。さらに緑色なので、景観も損なわない。なので、それを設置することにした。

 設置方法は一定間隔に支柱を立てて、そこにくるくる丸められたフェンスを伸ばしながら張っていく。別売りでゲートもあるので、そこから出入り出来る。こうしてなんとか大福のプライベートドッグランが完成した。

 しかし、二週間ほど開けて山の家に行ってみると、ニョキニョキと新しい芽が出ていた。これはクマザサといって、地中で網目のように根を張り巡らせている。もちろん当初はそんなことは知らず、地表に出てる部分を刈ればいいと思っていたが、それでは駄目らしい。

 そこで地中に石などが埋まっていないことを確認してから、草刈り機の刃を土に刺すようにして刈ってみることにした。その結果、やっと土が見え、ドッグランっぽくなってきた。良かった良かった。大吉と福助も満足だろう。そのときはそう思っていた。

 でも実は、この状態で雨が降ると足がドロドロになる、撲滅させたと思っていたクマザサはまだまだ生きていたことを後に知ることになる。

 このように、山の家を手に入れてから、苦労はどんどん増えるのだった。大変だし疲れるが、なぜか楽しいと感じていた。山の家がなかったら知らなかったことだし、苦労して作ったドッグランを、大吉と福助が駆け回っているのが見られるのが嬉しいからだ。

 2017年に山の家を買ったのは、ちょっと無理してのことだった。『第一回(https://www.alpico.co.jp/tateshina/columns/5/)』で書いたように、欲しいからといってほいほい買えるほど裕福ではない。あと数年間、お金を貯めてからにしようかと迷ったこともある。でも、急ぐことにした。それは大吉と福助の年齢を考えてのことだった。

 当時、大吉は六才、福助は四才くらいだった。たとえばお金が貯まるのに五年くらいかかったとして、福助はまだいいとして、大吉は十一才になっている。十一才といえば立派なシニア犬。思い切り走り回れるだろうか。であれば、今のうちになんとか出来ないか。そう思ったからだった。

 それからもう五年経ち、大吉は十一才になり、福助は八才になった。結果的には、今でも元気に走り回っていることが嬉しいが、あのとき、山の家を買っておいて良かったと思っている。この五年間、たくさん遊んだし、色々な経験を一緒に出来たからだ。それに当初は夏場だけ利用するサマーハウスのつもりだったが、冬にも来たくなり、その対策もしていくことになる。(つづく)

プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる) 
 
1971年大阪生まれ。ライターで「またね、富士丸。(小学館文庫)」、「また、犬と暮らして」、「犬の笑顔がみたいから(共に世界文化社)」など犬関連の書籍を多数出版。音楽の連載やコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック「Another Side Of Music(ワーナーミュージック・ジャパン)」を出版。

2015年には自らが欲しいと思ったペットグッズを作るブランド『DeLoreans(https://deloreans-shop.com)』を立ち上げる。

BLOG「Another Days」 https://anazawamasaru.com/
Twitter https://twitter.com/Anazawa_Masaru
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【連載】
 いぬのきもちWEBマガジン『犬のはなし』 https://dog.benesse.ne.jp/tags/?id=619
 sippo『悩んで学んだ犬のこと』 https://sippo.asahi.com/feature/?key=11030585