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2023.11.26

#標高1700メートルで犬と遊ぶ - 穴澤賢さん連載エッセイ「犬のために山に家を」

穴澤賢の連載エッセイ「犬のために山に家を」(第5話)

前回、この連載が更新されてから、ちょっとした変化があった。これまでは鎌倉市腰越と八ヶ岳の二拠点生活だったが、八ヶ岳に完全移住することにしたのだ。更新された直後に決めた。原因は、今年の夏が暑すぎたから。

この前書いたように、朝5時起きで散歩して、夕方は気温が下がる17時すぎまで待ってから散歩に行っていた。早起きな犬ならいいが、わが家の大吉と福助は、どういうわけか私より起きるのが遅い。しかも「お前ら、暑くなる前に行くぞ!」と起こすと、「なんでこんな早く起こすんだよ」と露骨に迷惑そうな顔をする。

かと思えば、夕方いつも散歩に行く16時頃になると「そろそろじゃない?」という顔で伸びをして催促してくる。「いやいや、まだ暑いからもうちょっと待ってくれ」というやりとりをしなくてはならない。

なんでお前らのために早起きしてんのに迷惑そうな顔をされ、夕方はさぼってるわけじゃないのに「ねぇ、まだ?」という顔をされないといけないのか。そんな日々に疲れたのだ。

腰越に引っ越した2014年は、夜寝るとき窓を開けておけばクーラーをつけなくても平気だったのに、年々気温は上がり、今では7〜9月は24時間エアコンフル稼働である。この先、下がるようすもない。来年の夏はもっと暑くなるのだろう。この先、どうする。

そう考えてみて、夏、八ヶ岳に滞在していたときのことを思い返してみた。早起きなんてしなくていいし、昼でも犬連れで出かけられる。夜なんてちょっと肌寒いくらいだ。

前回『夏の八ヶ岳は犬にとってパラダイス』であると書いたが、まさにその通りで、彼らのことを考えたら完全移住した方がいいのではないか。

逆に、腰越を離れて何か困ることはあるかと自問してみた。特になかった。なら移住しよう。朝、そう思って妻に話すと、最初は「なんで突然そんなこと言うの?」とびっくりしていたが、昼頃には「考えてみたら、たしかにいいかも」とメールが届き、夕方に少し話して、移住することに決めた。

幸い、ライター仕事はパソコンさえあればどこでも出来る。他に主に犬グッズを取り扱う物販もやっていて倉庫は川崎にあるが、そこに私がずっといる必要はない。イベントで都内や横浜に出ることはあったが、そんなときは当日の渋滞を避けるため前のりして、ビジネスホテルに泊まっていたから、何も変わらない。そう思うと、なぜ今まで気が付かなかったのかとさえ思った。

そして、さらに幸いだったのは、これから物件を探すのではなく、すでに八ヶ岳に山の家があることだ。ただ、それは移住のために手に入れたわけではなく、本当にボロい築40年以上の山小屋を、犬のためという理由だけで2017年に格安で買っただけだった。

最初は、階段が朽ち果ててるわ、雨漏りはするわ、天井裏でネズミが走り回るわ、ひどい状態だったし、暖房器具すらなかった。それを少しずつ修繕し、草刈りをしてプライベートドッグランを作り、暖房器具を入れて冬も来られるようにしたのは、『これまで書いた』通りである。
 

実は、そんなことをしている最中も、移住するつもりはなかった。ただ少しでも快適に、大福が喜ぶように、夏だけでなく冬も来られるように、とその都度考えてやっていただけなのだ。

しかし結果として、そんなことを5年かけてこつこつやってきたら、移住しても困らないくらいになっていたのだった。

もっといえば、5年も通っているので、土地勘もついたし、買い出しに行くスーパーの品揃えの違いも分かる。さらに冬の厳しさも知っているし、頼れる現地の知り合いが何人も出来た。知らない土地へ移住するような不安は何もない。これはもう移住するしかないだろう。

だから今回の移住に関しては、ちょっと特殊なケースなのかもしれない。けれど、知らない環境へ飛び込んでみて、しっくり来ればいいが、そうでない場合はどうするのか。そう考えると、移住というのは結構勇気のいることだと思う。私は心配性なので、何もないところへいきなり飛び込んだりはしないタイプである。

いくら私が、八ヶ岳は犬にとって最適な環境だと言ったところで、それは私の感覚である。すべての犬飼いが快適かどうかは分からない。そういう意味で、まずは旅行で訪れてみるのがいいと思う。けれど、旅行とそこで暮らすのでは、また全然違った側面がある。

日々の買い出しや、その地域では常識だけど、外から来た人は知らないことなんてたくさんあるはずだ。そういう意味で、今回、ボロ小屋を手に入れてから、移住に至る経緯は良かったと思う。結果論ではあるけれど。

そんなわけで、犬のために八ヶ岳に移住してみたいと考えている人は、まず手頃な物件を見つけて、そこでしばらく暮らしたり、2拠点生活をしてみるのもいいと思う。いきなり移住するより、かなりハードルは下がるはずだ。

さらにいうと、私が山小屋を探している当時はなかったが、最近ではこの連載を掲載している「蓼科高原別荘地」「レンタル物件」なんてものもある。月単位で借りて、八ケ岳の暮らしを体験出来るなんて、移住シミュレーションにもってこいである。

実際に暮らしてみる疑似体験が出来るし、そうすれば旅行とは違った側面がきっと見えるはずだ。標高1600メートルの世界の夏はもちろん最高だが、冬も見ておいた方がいいと思う。なぜなら暮らすのであれば、厳しい冬の寒さも知っておくべきだからだ。ちなみに八ケ岳はマイナス15℃くらいになるが、都会の寒さは嫌な私でも、八ケ岳の寒さはなぜか嫌いではない。

そして、そこで犬たちがどんな表情をするのか。たぶん、ほとんどの犬が顔を輝かせて、動きが2、3才若返ると思う。そんな顔を見ていると、自分でも思ってもみなかった行動をするようになったりする。私のように。

8月末に移住を思い立ち、11月上旬に腰越の自宅を引き払い、山の家に引っ越しを完了する予定だ。だから今、ものすごくバタバタしているが、それはそれで後悔はないし、これから始まる八ヶ岳の生活が楽しみで仕方ない。(つづく)

プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる) 
 
1971年大阪生まれ。ライターで「またね、富士丸。(小学館文庫)」、「また、犬と暮らして」、「犬の笑顔がみたいから(共に世界文化社)」など犬関連の書籍を多数出版。音楽の連載やコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック「Another Side Of Music(ワーナーミュージック・ジャパン)」を出版。

2015年には自らが欲しいと思ったペットグッズを作るブランド『DeLoreans』を立ち上げる。

BLOG「Another Days」 https://anazawamasaru.com/
Twitter https://twitter.com/Anazawa_Masaru
インスタグラム https://www.instagram.com/anazawa_masaru/?hl=ja

【連載】
 いぬのきもちWEBマガジン『犬のはなし』
 sippo『悩んで学んだ犬のこと』